M.K通信 (51)「従属の対価」

北朝鮮の金正恩委員長が東部の軍事境界線北側地域にある金剛山(クムガンサン)観光地区を現地指導し、韓国が建設したホテルなどを撤去して独自に開発をやり直すよう指示した。 この事実が朝鮮中央通信、労働新聞などの報道を通じて伝えられた23日、韓国・西江大公共政策大学院のチョン・ヨンチョル教授は、インターネットニュースサイト「統一ニュース」に「従属の対価」と題したコラムを掲載、中断されている金剛山観光の再開を約束したにもかかわらず、国連の制裁を口実に背を向けてきた文在寅政権を厳しく批判した。

同教授は、観光は制裁の対象ではないにもかかわらず政府は国連と米国の制裁という垣根の陰に隠れて、朝米関係が解決されるのを待ちながら時間を浪費して仕事を台無しにしてしまったと指摘した。 また同教授は現政権の対北政策はスローガンだけが騒がしかっただけで、それを行動に移す能力と意思が不在だったと批判しながら次のように指摘した。

「金剛山観光に関連する事態が物語っているものは明らかだ。 南北関係を北米関係に従属させた『従属の対価』だ。 すべてを国連と米国の制裁のせいにするのは結局われわれが主体的にできることはなにもないという愚痴と無能力の弁明であるだけだ。 さらに国連と米国の制裁を口実にすることも、いや試すべきことも試そうともしないのは、事大主義であり、官僚主義の凝り固まった弊害のひとつだ。 過去『その前の10年』が残した最大の積弊のひとつと言わねばならない。」

金剛山観光がはじまったのは金大中政権下の1998年。 南北の「協力事業」としてはじまった金剛山観光はブッシュ政権下での6者会談の難航と破綻、2008年2月の李明博保守政権の発足を契機に、米国の圧力と追従する保守政権の南北対決政策によって次第に「協力事業」としての目的が棄損し、圧力の手段として用いられ今日に至っていると言える。

米国が6者会談で掲げた「先非核化」が北朝鮮の反撃で難航を重ねる中で、北朝鮮に観光料が支払われている金剛山観光を問題視し、露骨的に圧力を加え始めたのは2006年7月のこと。 北朝鮮に支払われる観光料を遮断する米国の意向と圧力が現実化するのは、韓国で親米保守政権である李明博政権発足(2008年2月)直後の2008年7月だ。 当時観光客の一人が立ち入り禁止区域に侵入して北朝鮮の警備兵によって射殺される事件が発生した。 金剛山地域は、北朝鮮軍と国連及び韓国軍が対峙する最前線で、事故防止のための対策は徹底されていた。 特に韓国側観光客が危険区域に立ち入らないなどの対策は韓国側の責任であったが、なぜ観光客が立ち入り禁止の看板を無視して危険な区域に侵入したのかは最後まで明らかにされなかった。 李明博政権が調査に積極的でなかったためだ。

いずれにせよ、金剛山観光はこの事件を契機に李明博政権によって中断され今日に至っている。 金剛山観光の再開については様々な機会に論じられたが、米国に追従する親米保守の李明博、朴槿恵政権下での再開はもとより望めず、再開への期待は南北対話を推進した金大中、盧武鉉政権の流れをくむ文在寅政権の発足をまたなければならなかった。

しかし、現在まで文在寅政権は再開への期待に応える姿勢を見せておらず、再開への展望も示していない。

観光事業は国連制裁の対象ではない。 また、文在寅大統領が南北首脳会談で金剛山観光の再開を重ねて約束したのは周知の事実だ。 平和と共同繁栄を唱え観光再開を約束したものの、実際には言葉だけで一歩たりとも行動に移そうとしていない。 口実は国連の制裁で、文在寅大統領は日増しに対米追従姿勢を鮮明にしている。

文在寅大統領が対米追従姿勢を鮮明にしたきっかけは昨年10月10日のトランプ大統領による「承認」発言だ。 当時文在寅政権が金剛山観光と開城工業団地の再開など独自制裁の解除を検討していると伝えられたが、これに対してトランプ大統領が「我々の承認なくそのようにしないだろう」「彼らは我々の承認なしに何もしない」と待ったをかけた。 この発言を受け独自制裁解除は立ち消え、文在寅大統領は主権の行使を実質的放棄した。

また文在寅政権支持のスタンスをとるハンギョレ新聞は今年の5月15日、人道支援問題と関連して「『実際、人道支援問題は政府がしようと思いさえすれば、やれば出来る』。 人道支援がなされない理由を取材する中で会った政府関係者の話だ。 実際そうだ。」、朝米対話に精通した韓国政府関係者は「米国は対北朝鮮人道支援によって北朝鮮が息を吹き返すことをと心配している」と述べているなどと報じ、文在寅政権が南北首脳会談での約束とは異なり、実際は米国の制裁に歩調を合わせてきたことを強く示唆した。

金剛山観光の再開が現実化しなかったのは、文在寅政権がやればできることも意図的に回避して圧迫と制裁によって北朝鮮を追い詰めようとする米国に従属し、追従してきたからに他ならない。

金正恩委員長の金剛山観光地区に対する現地指導は、同観光の歴史的経緯、10年以上に渡って中断されたまま放置されている現状、文在寅政権の対米追従姿勢によって再開のめどがまったくない状況を踏まえて行われたとみられる。

金正恩委員長は、金剛山観光地区の南側施設を南の関係部門と協議の上で撤去して金剛山の自然景観にマッチする現代的な施設を我々式に建設しなければならないと指摘、金剛山観光を北朝鮮主導で行う姿勢を鮮明にした。 金正恩委員長は「国力が弱かった時に他人に依存しようとした前任者の依存政策は大きな過ち」であったと批判、金剛山観光事業を南を全面に立てて行うのは望ましくないと述べている。

また金正恩委員長は金剛山がまるで北と南の公有物であるかのように、北南関係の象徴、縮図であるかのようになっており、北南関係が発展しなければ金剛山観光もできないかのようになっているが、これは明らかに誤ったことで、誤った認識であると述べ、「金剛山は血で勝ち取ったわれわれの領域で一つの渓谷にも、木一本にも自主権と尊厳が宿っている」と強調した。

金正恩委員長の現地指導での発言には、金剛山が北側の観光地域、名勝地であるにもかかわらず、米国と追従する南側政権が観光事業を中止したまま北朝鮮に対する圧力の道具にする非正常な状況をこれ以上放置せず、北側主導で金剛山観光を再構築する強い意志が貫かれている。

北の朝鮮アジア太平洋平和委員会と南の現代グループの合意による、南側が主導した金剛山観光に終止符が打たれることになった。 米国の制裁、圧力政策に追従して金剛山観光を圧力の手段に利用し、10年以上に渡って観光事業を放置した南側の政権に抗弁の理由はあるまい。

文在寅大統領は10月22日に行った施政演説で、南北問題と関連、「国際社会とともに行かなければならない」と述べたが、「国際社会」とは米国のことで、「行かなければならない」とは追従と同義語だ。

冒頭で引用した「従属の対価」の結びでチョン・ヨンチョル教授は次のように指摘した。

「南北関係で我々が初めてわれわれの主体的立場を披瀝し微力ではあるが実践に移したのは金大中政府の首脳会談を前後した時期だった。 その後盧武鉉政府まで難しくても時には顔を赤らめながら南北関係でわれわれの意志を実践しようとした。 困難の中で獲得した南北関係での主体的な立場をこれ以上従属の陰に押し込まないことを願う。 そのためにはこれ以上仲介者の神話に止まってはならない。 すでに『従属の対価』がどのようなものであるのかを経験しているではないか?」

文在寅大統領は耳を傾けるべきではないのか。(M.K

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。