平壌2018春 ①「顔」

朝鮮・万景台

2018年4月30日、実に20年振りに平壌の地に降り立った。 平壌は言わずと知れた朝鮮民主主義人民共和国の首都だ。

日本の「独自的経済制裁」の煽りを受けて2006年以降万景峰号での新潟-元山間船便航路が中断されているので、今回の朝鮮訪問は北京経由の航空便で平壌に入る遠回りとなった。

北京からの高麗航空便には、かなりの数の外国観光客が同乗していた。 海外出張帰りの朝鮮市民もいたが、中東、アフリカ、欧州、米州、そして日本からも聾唖者の団体客が同乗していて少し驚いた。 税関を通る時に隣に並んでいた白人青年バックパッカーは、ドイツからの一人旅だと言っていた。

平壌国際空港に降りたってまず驚いたのは、規模こそそんなに大きくはないものの、他国の国際空港と比べても全くひけを取らない最新設備を備えていることだ。 順安飛行場と呼ばれていた頃とは天と地ほどの違いがある。

税関を通り入国手続きが済んで、いざ平壌市内中心街に向けてバスが走り出すと、周りにはどこかはかとなく懐かしさを感じる長閑な風景がしばらく続く。 これは、故金日成主席の教えを守って自然風景が保たれているからだ。

北京空港でのトランジットが遅れた為、到着時間が予定より大分遅れて平壌に着いたので市街地に入る頃には日も暮れかけていた。

いざ平壌市内に入ると、日本国内で言われているような電力不足は感じられない、普通に明るい街並みだった。 普通に街路灯、広告、室灯、普及し始めた信号機が点いていた。 そう、ごく当たり前な光景が広がっていた。

朝鮮・運動

バレーを楽しむ市民

日本ではマスメディアが朝鮮の夜の衛星写真を取り上げて、電力事情が深刻で暗闇の世界だと嘲笑する。 しかし実際には、必要のないところには電気照明をつけず必要なところは点灯している。要は無駄がないのだ。

明くる日、平壌の街中で最も印象的だったのは、行き交う人々の表情が明るく皆活気に満ちあふれていること。

この日は5.1国際労働者節(メーデー)と言うこともあり、休日を楽しむ市民が街を行き交っていた。 親子連れも若きカップルも学生集団も、皆、活気に満ちている。 あちらこちらで運動会もやっている。 牡丹峰ではピクニック(焼き肉宴会?)をしている団体や家族連れもいた。

中でも目を引いたのは、スマートフォン利用率の高さだ。 老若男女、皆、ひっきりなしに電話したり画面操作をしている。 朝鮮にはエジプトのオラスコム・テレコム・メディア&テクノロジーからの技術協力を受けた携帯電話網「コリョリンク」があり、Androidをベースにした独自のアプリ網が形成されていて普及している。 付いてくれた現地コーディネーターやバスの運転手に聞いてみると、スマホが普及し始めてからかれこれ10年ほど経つらしい。

朝鮮・牡丹峰

牡丹峰で見かけた若い母親と乳児

朝鮮は1990年代後半からアメリカを中心とした経済制裁、相次いだ自然災害により「苦難の行軍」を強いられて来た。 実際、20年前には電力、エネルギー、食料等、常に不足しがちでよく停電も断水もしたし、街の市民の表情も決して明るくはなかった。

しかし、その経済封鎖の中、核武力と経済の並進路線を推し進めて「苦難の行軍」を乗り越え、限られた中で独自の社会主義経済サイクルを構築してきた。

昨年11月戦略核兵器の完成を機に、朝鮮は今年4月労働党7期3次全委員会議で経済建設に全力を注ぐ方針を示した。 これからは、軍事に割かれてきた莫大な国家予算を経済建設に集中させると言うことだ。

折しも、4月27日南北首脳会談が板門店で行われ、朝鮮戦争の年内終結への取り組みと南北協力が高らかに宣言された。 民族自主の精神で民族の平和と繁栄を共に推し進めて行く。 もう戦わなくてもいい、後は発展あるのみだ。 街行く平壌市民の「顔」からは、朝鮮の自信感と開けていくであろう明るい未来を感じた。

蛇足ながら、平壌市民の中でピアスをしている若い女性が増えていた事に、結構驚いたということを付け加えておく。(Ψ)

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ABOUTこの記事をかいた人

元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。