M.K通信 (59)朝米非核化交渉の幕は下ろされた

夫婦喧嘩と離婚調停では次元が異なる。夫婦喧嘩はいつでも仲直りできるが、離婚調停は別れる手続きで元に戻ることはない。

新年早々トランプ政権は朝米関係の焦点が非核化交渉の再開にあるかのように振舞っており、世論を誤った方向に導こうとしている。 オブライエン大統領補佐官がわざわざ、トランプ政権が朝鮮に協議再開を呼びかけたとマスコミに語ってみたり、トランプ大統領自身が誕生日メッセージを文在寅政権を絡めて送ってみたり、スウェーデン政府が朝米両国に交渉再開を呼び掛けているとVOAが報道してみたり、と、あの手この手を総動員している。 このため、朝米非核化交渉がいつ開かれるのかと勘違いしている向きがあり、世論が混乱しているようだ。

しかし、結論から言えば昨年末の時点で朝米非核化交渉の幕は下ろされた。 勘違いしないほうが良い。 朝米非核化交渉は終わったのであり、再開はない。 唯一例外があるとすれば、米国が対朝鮮敵対政策を撤回することだ。 しかし米国が自ら進んで敵対政策を撤回することはない。

もう一度言おう。 トランプ政権がどう振舞おうと、下ろされた朝米非核化交渉の幕が上がることはもうない。

朝鮮が昨年末までに「新しい計算法」を示すことを要求したが、トランプ政権がこれを無視したためだ。朝鮮は「新しい計算法」を示さないトランプ政権に見切りをつけ、自ら予告した通りに「新しい道」を歩み始めた。 昨年末に行われた労働党全員会議で、米国の「最大限の圧迫」を正面突破戦で打破することを決めたことをみれば明らかだ。 朝鮮は非核化交渉の局面から次元の異なる正面突破戦へと駒を進めたのであり、これは揺るぎない戦略的決定であるとみて間違いない。

金正恩委員長は党全員会議で「米国の本心は対話と協商の看板を掲げてああでもないこうでもない、と曖昧な態度を取り続け自からの政治的・外交的利益をむさぼると同時に、制裁を引き続き維持して我々の力を次第に消耗、弱体化させることにある」と指摘、「対話を云々しながらも朝鮮を完全に窒息させ、圧殺するための挑発的な政治的・軍事的・経済的悪巧みをさらに露骨にしているのが白昼強盗である米国の二重的振る舞いである」と断罪した。 金正恩委員長自身が、米国が「対話を云々」しながら朝鮮を「圧殺」しようとしているとの認識を示しているのに、朝鮮が自らを弱体化させようとする非核化対話に戻りえると考えるのは錯覚に過ぎない。 トランプ政権のプロパガンダに騙されてはならない。 朝米関係の行方を見誤りかねない。

朝鮮側は昨年末から、米国が敵対政策を撤回しなければ非核化交渉はない、とのメッセージを再三にわたって発信している。 にもかかわらずトランプ政権は非核化交渉の再開に固執し執着する理由はどこにあるのか?

結論が出ない交渉をダラダラと続け、朝鮮の戦略兵器と核抑止力を塩漬けにしたまま、一方的非核化に追い込むことが最大の狙いであるとみられる。

トランプ政権にとって最も避けたいシナリオは、朝鮮が朝米交渉進展のために進んで取ったICBM実験中止などの核凍結が解除され、核戦力が増強されることだ。 これは今年の米大統領選挙に影響があるという単純な理由によるものではない。

朝鮮の核戦力はすでにICBMにSLBM、水爆まで保有し、相互確証破壊のレベルにあり、さらに高度化されることになれば、米国は非核化の手段を失い朝鮮の核保有が既成事実化されることになる。 核覇権の手段であるNPTが棄損され、米本土への脅威に甘んじなければならない状態は米国にとって悪夢以外の何物でもない。

トランプ政権が朝米非核化交渉の再開に執着しているのには、朝鮮を弱体化させるための時間を稼ごうとの思惑が潜んでいるようだ。

トランプ政権は愚かにも「史上最大の圧迫」で朝鮮を疲弊させ弱体化させることができると考えているようだ。 シンガポール会談以後非核化交渉を続ける一方で、新たな制裁を次々に加えたのもこのためであったのだろう。 しかし、2017年末の禁油制裁から2年、米国が望む朝鮮の疲弊と混乱は訪れず、逆に「最大限の圧迫」は「廃車寸前」と指摘されているのが現状だ。

朝米非核化交渉をあの手この手で再開させようとするのは悪あがきに過ぎない。

金正恩委員長が昨年末4日間に渡り党全員会議を招集して「敵対勢力の制裁圧力を無力化させ、社会主義建設の新しい活路を開くための正面突破戦」を新たな戦略として打ち出したのは時宜を得た賢明な判断であったと言えそうだ。 正面突破戦によって朝鮮の核戦力を塩漬けにしたまま時間を稼いで制裁で追い詰め武装解除しようとしたトランプ政権の横暴で狡猾な狙いを一挙に封じ込めてしまった。 正面突破戦が主戦線を経済戦線として、自力更生で制裁圧力を無力化し、新たな戦略兵器の開発を不断に進め、核抑止力を上向き調整することを骨組みにしていることがそれを示している。

朝鮮が正面突破戦を新たな戦略として打ち出したことにより、朝米非核化交渉は過去のものになった。

トランプ政権が今になって朝米非核化交渉再開を試みても時すでに遅しであろう。

どんぶりはすでに割れてしまったのだ。 割れたどんぶりはもとに戻らない。 セメダインで貼り付けてみても機能は回復しない。

文在寅政権が新年になって「南北協力」についてメッセージを発している。

これと関連して16日、国家安全保障会議(NSC)常任委員会が開かれたが、「米朝の非核化交渉が実質的に進展するのに寄与する方向で南北協力を推進」することを議論した。 また李度勲朝鮮半島平和交渉本部長は15日、訪米直前に「対北制裁の枠内で(朝米)対話をどのように促進させるかが関心事」と述べている。 どうやら「南北協力」なるものは、非核化交渉の再開・進展のためで、あくまでも「対北制裁の枠内」で行うということだ。 これでは非核化交渉を再開して朝鮮を追い詰めようとするトランプ政権のお手伝いにしかならないのではないか?

「制裁の枠内」でできる「南北協力」など実質的にはない。 「個別観光」、「国連制裁委員会の許可」を云々しているが、朝鮮を懐柔して朝米非核化交渉に引き戻すことを狙った稚拙で愚かな行為と言わざるを得ない。

金英哲朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長は昨年12月9日に発表した談話で、「トランプは、朝鮮についてあまりにも知らないものが多い。」と述べていたことが思い出される。 また昨年12月14日に談話を発表した朝鮮人民軍の朴正天総参謀長も「我々の力の実体を評価するのは自由だが、正しく捉えて判断することが必要である。」と述べていた。

文在寅政権の「南北協力」論を聞いていると、朝鮮に対して無知なのはトランプ政権だけだけでなく、文在寅政権も同じなのではないのかと疑わざるを得ない。

韓国は今まで朝鮮のGDPは日本の島根県のGDP程度など、さまざまな朝鮮「後進国」プロパガンダを行ってきたが、もしかしたら韓国も米国も日本も、自らのプロパガンダの中を夢遊病者のようにさ迷っているのではないのかと、疑いたくなる。 そうでなければ実現性のない個別観光程度の「南北協力」で、朝鮮を非核交渉に引き戻せるという発想がどこから出てくるのか不思議でならない。 島根県のGDPしかない国が、ICBMにSLBM、潜水艦に水爆をどうやって作っているのか? 普通の人なら誰でもが持つ疑問だ。

「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」という。

敵を知らず己を過信するものは?

「朝鮮についてあまりにも知らないものが多い」ことは朝鮮にとって決して悪いことではなさそうだ。(M.K

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。