M.K通信 (86) 自力更生と正面突破

後進したトラクター

朝鮮戦争休戦から数年後のことだ。

戦後復興を急ぎながら本格的な経済再建に取り組むにあたり、朝鮮は当時のソ連にトラクター生産設備の輸入を打診したことがある。 この時ソ連は朝鮮の要求に応じなかった。 その理由は朝鮮が戦争末期から独自の重工業優先経済路線(重工業を優先的に発展させ軽工業と農業を同時に発展させる)を打ち出したことにあった。

“トラクターなどはソ連が提供するから朝鮮は工業ではなく農業に力を入れてくれ”

つまり独自の重工業優先路線を捨て、ソ連主導の社会主義国際分業体制であるコメコンに参加せよとの圧力であった。

金日成主席は当時ソ連から購入した数台のトラクターを管理していた工場労働者と膝を交えて相談、トラクターを自力で生産することを決意、手始めにソ連製トラクターを分解し図面を起こして再度組み立てることを工場に指示した。

数か月後に報告があり、担当した技術者、労働者グループは、組み立てたトラクターが後進し前進させることができなかったと肩を落としたという。 この時金日成主席は、動いたことは大きな成果だと述べ担当グループを励まし、自力生産の道を切り開いた。

もしこの時、朝鮮がソ連の要求に従い自力更生の道を歩まず自主的工業化の道を放棄していたなら、立ち遅れた農業国の運命を免れることはできず、ソ連崩壊とともに、東欧圏衛星国のように自らの存在を終えていただろう。 もちろん「苦難の行軍」時に成し遂げたCNCシステムの開発、確立も、国防科学分野の驚異的発展も先進的で強力な工業基盤がなければ期待できなかったであろう。

抗日武装闘争に起源を持つ朝鮮のチュチェ、自主路線は独立後経済分野で自力更生路線として確立され、帝国主義、覇権主義、大国主義の干渉を排して今日の朝鮮を築き上げた。

年初に行われた朝鮮労働党第8回大会で新たな5か年計画が打ち出された。 計画の基本趣旨は内部の力に基づいて全ての難関を正面突破しようというもので、金属工業と化学工業を柱として打ち出し、新たな経済計画における肝は依然として自力更生と自給自足にあると強調した。

鉄鋼生産とコークス

自力更生は抽象的概念ではない。

金属工業と化学工業において自力更生とは何を意味するのか?

端的に言えば、鉄と化学製品だ。

まず鉄だが、自力更生の視点から見れば鉄鋼生産の原料であるコークスが弱点であった。

朝鮮では安保理制裁でコークスの輸入が止まった2017年、有数の製鉄企業である金策製鉄所でコークス炉を爆破、除去して、コークスに頼らない酸素熱法による生産に切り替えた。

チュチェ鉄の生産である。 コークス資源がなく輸入に頼らざるを得なかった朝鮮では鉄鋼生産における自力更生を実現するための技術開発を続け、核問題をめぐる圧力によるコークス輸入の中断を契機に、コークスと決別する処置をとったのだ。

話は横にそれるが、昨年5月に竣工した順天リン肥料工場の建設時、戦略物資である黄リン生産における非コークス化のための技術開発は最重要課題であった。 先にも指摘したようにコークスが制裁圧力の材料に使われる重要物資であったからだ。 この問題は順天科学大学の若い研究者グループによって解決され、制裁はこの分野でも無力化した。

話をもとに戻そう。 酸素熱法技術が開発されたことによって、鉄鋼生産における自力更生は実現されたわけだが、新たな5か年計画では、酸素熱法をより洗練された技術として確立するとともに、朝鮮に豊富な褐炭を使った新たな製鉄技術の開発、製鉄施設の拡充と鉄鋼の増産を課題として提示した。

禁油制裁と石炭化学

安保理の禁油制裁をめぐり、興味深い資料が最近公表された。 ロシアが2月11日に安保理の「対北朝鮮制裁委員会」に報告した対朝鮮精製油輸出に関する現況資料によると、ロシアは昨年10〜12月まで朝鮮に精製油を輸出していない。 「対北朝鮮制裁委員会」によれば、ロシアが昨年1~9月に朝鮮に輸出した精製油は計1万2830トン余りで、中国の同じ期間の輸出量(約5040トン)を加えても1万7840トン水準にとどまるとのこと。

周知のように、安保理制裁決議は国連加盟国が北朝鮮に輸出できる精製油の上限を年間50万バレル(約6万トン)と定めた。 驚くべきことは昨年9月までに中ロが朝鮮に輸出した精製油が上限の3割にも満たないことだ。

安保理決議の狙いは禁輸制裁で朝鮮を屈服させること。 米国は禁輸制裁に中ロを巻き込み、これをして史上最大の圧迫と胸を張ったことは周知の事実。

にもかかわらず朝鮮では、制裁が加えられた2017年以後も、石油不足による窮状、混乱の兆候をみることはできない。 このことから米国は朝鮮が上限の3倍もの精製油を「瀬取り」で不法に輸入していると証拠もなく騒ぎ立てている。 しかし、輸入枠も満たしていない昨年、朝鮮が「瀬取り」で「不法」に輸入する必然性は全くなく、議論に値しない偽情報だろう。

実際、「瀬取り」を云々する「北朝鮮制裁委員会」の“報告”なるものは毎年作成されているが、証拠を示すよう求める中ロによってその都度否定され安保理の公式文書になっていない。 米国が毎年中ロに否定される前にマスコミを使ってプロパガンダの材料にしているのが実態だ。 昨年国務省が「瀬取り」の証拠に5億円の懸賞金をかけたのは周知の事実だが、この愚かな行為は「瀬取り」なるものがいかに荒唐無稽な黒色宣伝であるかを物語るだけだ。 ちなみにバイデン政権の国務省はこの前代未聞の懸賞金を取り下げていないことをつけ足しておく。

昨年、制裁上限に満たない精製油しか輸入していない朝鮮は需要をどのように満たしているのか。 まさか石油が空から降ってくるわけでもなく、地から湧いて出るわけでもあるまい。

朝鮮の化学工業は石油化学ではなく石炭化学だ。 朝鮮では2000年代はじめから石炭化学の開発に取り組み石炭ガス化、石炭液化に成功している。 この成果にも続き朝鮮で、燃油に窒素肥料や農業用ビニール、ペットボトルなど各種の化学製品を生産している。

党7回大会で目標にした大規模C1化学基地の建設は未達であったが、新たな5か年計画期間中に完成させ燃油をはじめ各種化学製品を増産して需要を満たすことが化学工業における目標の一つで、化学工業においても自力更生は大きく進み制裁圧力を無力化している。

質の向上と自給自足

食料の自給自足も目の前だ。 党大会報告で指摘されたように当面2019年の水準を維持しながら、種子、営農など技術開発とインフラ整備を進め、2019年水準を早急に凌駕し自給自足を達成すことが強調された。

2019年水準とは具体的には650万トンの穀物生産だ。 農業部門では当面2019年の水準を維持しながら、自然災害にも耐える安定的な農産、特に米と小麦の増産による食の質の向上が求められている。

一方、朝鮮での養殖、栽培漁業の発展と漁業の活性化、畜産の発展は食の多様化と質向上に大きく貢献している。 例えば、草と肉を交換する方針によるヒツジ、ヤギなどの畜産が山間のへき地にも広がり、食肉生産とともに乳飲料とチーズなどの乳製品が生産され、保育園や学校、病院や保養所、地域の給養施設に供給されるに至っている。

築かれてきた農産、水産、畜産の土台を強固にし、発展させ、質、量ともに自給自足を実現することは目の前に見える実現可能な課題である。

米国は、朝鮮の人口の40%が飢えているなどとするプロパガンダを執拗に行っているが、これは米国が望む、疲弊した朝鮮の空想の姿で荒唐無稽だ。

破綻を免れない圧力政策

バイデン政権による「北朝鮮政策再検討」は制裁を基本にした圧力政策の繰り返しになる公算が大きい。

“圧力を強めて北朝鮮を対話の席に座らせる” “中国とは気候問題、核拡散問題で協力可能” などとする、ブリンケン国務長官などの発言を見れば明らかだ。

中国との対立を激化させておきながら“協力”とは随分虫のいい話だが、圧力政策が朝鮮を非核化させる手段になると考えるのは愚かなことだ。

いかなる圧力、すべての難関を正面突破するとの朝鮮の方針は大言壮語ではない。

朝鮮は資源国であり、高い技術レベルの工業国だ。 トランプ政権の史上最大の制裁圧力は朝鮮の自力更生、自力富強、自力繁栄路線によって無力化し、朝鮮の核抑止力の高度化を招いた。

圧力政策は破綻を免れない。 70年にわたる朝米対決の歴史が示している現実だ。(M.K)

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。