M.K通信 (78)南側公務員の北側領海不法侵入事件の顛末

不遜な「共同調査」案

文在寅政権は、韓国公務員の朝鮮領海不法侵入事件と関連して朝鮮側に「共同調査」を執拗に要求している。 周知のように北側はこの事件と関連して南側に通知文を送り不法侵入者の取り締まり過程を詳細に知らせており、「共同調査」に応じるいわれはない。

もともとこの事件は、南側公務員が北側の領海に不法侵入したことが発端で、北側の取り調べに素直に応じず射殺された事件。

不法侵入者とはいえ、射殺されたのは不幸なことで、北側が「申し訳ない」と南側に伝え取り締まり過程を通知した状況で、南側が軍の調査結果とは異なるとの理由で「共同調査」を云々するのは極めて不遜と言わざるを得ない。 北側の領海で起こった事件を「共同調査」とはいえ、南側が「調査」を云々する権限も根拠はない。 その思い上がった姿勢の意図するところは何なのか?

この事件を奇禍に北側に圧力をかけて、朝鮮に一方的非核化を迫る交渉の再開を図ろうとしているように見える。

そのために文在寅政権は一方で、軍部をして「独自の調査結果」を振り回し、朝鮮「悪魔化」キャンペーンを強行、圧力手段にしようと試みながら、交渉再開につなげようとしているようだ。

北側の通知文、「なんの証拠を基に」「一方的憶測で」

事件を振り返ってみよう。

不法侵入者が取り調べに応じず射殺されたのは9月22日のこと。

韓国軍部は、この事件を契機に▲射殺は上部の命令によるもの▲遺体を焼却したーという、真偽不明の情報を「無線傍受」の結果と主張した。

事件に関連して、北側が南側に通知文を送ったのは周知に事実。 通知文は25日に青瓦台が全文を公表した。

通知文は①9月22日、正体不明な人物が朝鮮側領海に不法侵入して射殺された②侵入者が不審な挙動をしたため、艇長の決心下で、海上警戒勤務規定が承認する行動準則に従い射撃した③近づいて捜索したところ侵入者は浮遊物の上におらず射殺されたものと判断④血痕が残った浮遊物を現場で償却したーと事件の経緯を詳細に明らかにした。 北側が通知文で、「われわれは北南関係に明らかに良くない作用をすることがわれわれ側の水域で発生したことに対して、貴側に申し訳ない気持ちを伝える」と指摘しながら取り締まり過程を通知したのは、北と南の関係が良くない状況で、これ以上の悪化を防ぐ配慮と誠意の表れであると解釈できる。

この通知文の内容で忘れてはならないのは、朝鮮側が韓国国防部の一方的発表に関連して、「われわれは南側軍部がなんの証拠を基にわれわれに対して、不法侵入者取り締まりとその過程解明についての要求もなく、一方的憶測で蛮行、応分の代価というような不敬で対決的色彩が濃い単語を選んで使うのか、大きな遺憾を示さざるを得ない」と指摘したことだ。 この指摘が「上部の射殺命令、遺体焼却」との発表に関したものであることは明らかだ。

ここからわかることは、①「証拠を基に」、「一方的憶測」との指摘にみられるように、北側が「上部の射殺命令、遺体焼却」を事実上否定した②北側が、取り締まりに対する問い合わせもないまま一方的に対決姿勢を示していることに警告を送ったと、いうことだ。

信ぴょう性が揺らぐ韓国軍部発表

朝鮮側の通知文によって、韓国軍部が流す「上部の射殺命令、遺体焼却」情報の信ぴょう性が大きく揺らぐことになる。

慌てた韓国軍部は、「情報の再分析に着手」したと発表するかと思えば、国会では「無線傍受」の結果と説明しておきながら、その事実が報じられると、「韓国軍が獲得した多様な出所の諜報内容から、『射殺』について言及した内容は全くない」と否定、「韓国軍は断片的な諜報を総合的に分析し、その後関連状況を確認した」と釈明した。 さらには、マスコミが「無線傍受」と報道するのは、北側情報を収集するうえで、相手の警戒心を招くので国益に反する、と報道に注文を付けた。

要するに、▲「無線傍受」と報道されると情報収集に支障が出るので、「断片的な諜報の総合的に分析」と言い換えてくれ▲事実は「無線傍受」の結果得た情報で「上部の射殺命令、遺体焼却」は間違いないと、揺れる信ぴょう性を補強しようと三文芝居を繰り広げたわけだ。

「無線傍受」についていえば、南北間で常時行われているもので、軍事機密でも何でもない。 お互いに対策済みで「無線傍受」で得られる情報などは皆無と言っても言い過ぎではない。

胡散臭い「無線傍受」説

「無線傍受」を根拠にする韓国軍部の主張はかなり胡散臭い。

前述のように、北側は、「艇長の決心下で、海上警戒勤務規定が承認する行動準則に従い」発砲したと指摘しており、無線交信があったという南側軍部の主張自体が胡散臭いのだ。

事件が起こった地域は、一触即発の緊張地域で、現場を知らない上層部にいちいち判断を仰いでいては手遅れになりかねない。 今回の場合も不法侵入者がもし武器や爆弾を隠し持って攻撃を意図していたとすれば、電話で問い合わせる暇はない。 判断は現場にゆだねられているとみるのが自然で、北側の通知文はこれを示唆している。

いつだったか、米軍ヘリが軍事境界線を越えて侵入して即時撃ち落されたことがあった。 現場の判断によるもので、もし上部の指示を仰いでいたらヘリはその間に領空深く侵入したであろう。

一触即発の緊張下にあるこの地域の事情を知る人なら、「上部の指示」を云々する南側軍部の発表に首を傾げざるを得ない。

韓国軍部は、なぜか朝鮮側の警備兵は一切の現場判断が禁じられていて、上部の指示を仰がなければ行動できないと、本気で思い込んでいるのか? でなければ、「上部の指示」を云々し、人々を騙して、北側のイメージを意図的に貶めようとしているのか?

韓国軍部の意図はともかく、不法侵入者に対する取り調べと措置は現場の判断にゆだねられていたとみるのが自然だろう。 もし南側が、朝鮮側に、現場で処理できる内容を含めた「海上警戒勤務規定」というものが存在することも知らなかったとすれば笑い話だ。

現場の判断で発砲したとの北側通知を「嘘」だと懸命に否定する南側の主張には説得力がない。 そのためか、北側の指摘によって「上部の射殺命令、射殺し焼却」なる軍部発表が揺らぐことになると、「米軍の偵察機」まで持ち出すにいたっている。 稚拙で即興的つじつま合わせに走っているように見える。

青瓦台と軍部の役割分担

文在寅大統領と青瓦台は、表むき軍部の発表と距離を置いて、超然としているように振舞っている。 朝鮮側に「共同調査」を求めている手前、柔軟さをアピールするポーズのように見える。

韓国軍部の指揮権は米国が握っているとはいえ、文在寅政権下の軍部だ。 韓国大統領府と軍部が政権とは別のの思惑で動いているとすれば、それは文在寅政権が政権の体をなしていないことを示すだけだ。

叩く姑より止める小姑のほうが憎い、とは朝鮮のことわざ。 止める小姑は、表向き味方のようなふりをしながら、腹の中では危害を加え貶めようとしているから憎いというわけだ。 去る7日の国会国防委員会で国防相が、「韓国軍の発表が事実」「すべての責任は北朝鮮にある」と公言しながら「共同調査」を求めたことは、軍部が叩く姑を、文在寅大統領が、表裏が異なる小姑を演じているように見える。

朝鮮との交渉再開は米国の要求で、文在寅大統領は今までもその先兵の役割を担ってきた。 南北対話の再開も、朝鮮の一方的非核化を求める朝米交渉の先鞭をつけるためのもので、今回の不法侵入事件を利用して、北側に圧力を加え交渉に応じさせようとするのは、米韓の一致した意図であろう。

韓国側の狡猾な「共同調査」要求にも関わらず、朝鮮側は何らの反応を見せていない。

文在寅政権はこれに焦りを隠しておらず、公務員の家族を通じて「国連調査」なるものを云々している。 「共同調査」「平和」「対話」を主張しながら、敵対の刃を研ぐのは文在寅大統領お得意の「口蜜腹剣」の手法だ。 ただ腹に隠したはずの刃が丸見えだが・・・。

「陰謀論」

今回の不法侵入事件は、あまりにも疑問点が多いことから、強硬派の「陰謀論」を主張する向きもある。

疑問点を上げればきりがないが、いくつかを指摘しておく。

一つは、公務員が38キロメートル以上の海を救命チョッキと浮遊物に乗っただけで、北朝鮮の海域まで行ったという南側の発表。 それも小舟が転覆するほどの潮流に逆行して。 地元の人は40代後半の男性が足による水かきだけで行くのは不可能と口をそろえる。

二つ目は、職業として安定している国家公務員が賭博をして3000万円ほどの借金を抱えていたとしても、少し前に妻と離婚したとしても、「脱南越北」はなかなか選択肢にならないと指摘されている点。

三つめは、出航当時には問題なかった防犯カメラが故障したこと。 数か月前の、脱北者の「越北」時も都合よく軍の監視装置が故障していたとされた。 今回の場合、普段は「ON」になっていた日本製の船舶自動識別装置船「AIS」が、男性の失踪当時には何故か「OFF」になっていたとの証言もあり、「陰謀論」の根拠になっている。

どれも無視することができない疑問で、本来なら韓国の軍部、または海洋警察が調査して解明すべき問題である。

しかし、このような疑問は無視され、軍が作文したとみられる「上部の射殺命令、遺体焼却」説だけが強調され、敵対感情が煽られている。 朝鮮「悪魔化」キャンペーンのいつもの手法である。

表では笑いながら手を差し出し、裏では刃を研ぎながら敵対行動をエスカレートさせる「口蜜腹剣」の手法は、朝鮮には通じない。 文在寅政権による、この狡猾な手法は底が割れて久しい。 最後に文在寅政権が「今日調査」を要求する一方、「国連調査」を云々して、政治的プロパガンダを拡大する動きを見せており、顛末というには少し早いかもしれないということを断っておく。(M.K)

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。