M.K通信 (43)軍事保護領の悲哀

北朝鮮をターゲットにした軍事演習は問題ないが、演習に対抗して数発の飛翔体を飛ばしたことを「挑発」と言うのは奇妙だ。 朝米核交渉の一方の当事者であるトランプ大統領が米韓合同軍事演習について「馬鹿げた高価な訓練」と述べ北朝鮮の飛翔体発射を問題ないとしているのに、朝鮮半島問題のもう一人の当事者である文在寅大統領が北朝鮮に「自制を促した」のは、一層奇妙だ。 8月19日、青瓦台で開かれた首席秘書官・補佐官会議で文在寅大統領は、対話の「妨げになることは減らしていく相互の努力」について述べたが、これは北朝鮮をターゲットにした軍事演習は対話の妨げにならないという一方的主張で、極めて奇妙だ。

米韓の軍部は8月に「乙支フリーダムガーディアン」から「同盟19-2」、そして「連合指揮所訓練」へと名称を変えた合同軍事演習を強行した。 北朝鮮は軍事演習に強く反発し、精密誘導弾と放射砲、新たに開発された兵器の発射訓練、打撃訓練を行いながら文在寅政権を非難した。 もちろん米国にも、米国が「公約を履行しない」なら北朝鮮も約束を「守る義務も道理もない」と警告したが、非難の焦点は明らかに米国ではなく文在寅政権に向けられていた。 16日に談話を発表した祖国平和統一委員会スポークスマンが、戦争演習の最中に「対話」を云々する人の思考が果たして健全なのか疑わしい」「稀に見る図々しい人」「再び対座する考えもない」と指摘したことからは、北朝鮮側の激しい怒りすら感じられる。

米国と韓国の合同軍事演習であるにもかかわらず、北朝鮮の怒りの矛先が文在寅政権に向かった理由はどこにあるのか?

トランプ米大統領は9日、ホワイトハウスで記者団に前日の8日に金正恩委員長から書簡が届いたと述べ、金正恩委員長が米韓合同軍事演習への「不快感」を表明したことを明らかにし、「私も一度も好きだったことはない。 なぜならば、米国が費用を支払うのが気に入らないからだ」「韓国は米国に(演習の経費を)返済すべきで、韓国にもそう伝えた」と語った。 北朝鮮側が6.30板門店首脳面談でトランプ大統領が合同軍事演習を中止すると重ねて約束したと明らかにし、トランプ大統領もこれに反論していない。 またトランプ大統領は北朝鮮の精密誘導弾の発射訓練について、「問題ない」との姿勢を一貫させた。

さらに興味深いのはトランプ大統領が北朝鮮の飛翔体発射訓練と関連して、文在寅政権に対する怒りを露わにしていることだ。 CNNの報道(9日)によれば、米政府関係者は「トランプ大統領が北朝鮮の相次ぐ挑発を抑制できずにいる韓国について『怒りを露わにしている』と証言。 関係者は、ミサイル発射など北朝鮮の挑発を止めるのは「『韓国の役割』とトランプ大統領が見ていると説明した」という。 飛翔体を発射した北朝鮮に怒りを示すのではなく、トランプ大統領はなぜ韓国に怒りを示したのか?

金正恩委員長から届いた書簡を契機に見せたトランプ大統領の言動は、合同軍事演習強行の背景に「戦時作戦指揮権の返還」を口実にした韓国の強い希望があったことを強く示唆している。 軍事演習中であるにもかかわらず「馬鹿げた高価な訓練」と公然と述べ、韓国が演習の経費を払うべきだと主張し、北朝鮮の飛翔体発射については問題の拡大を防ぐことに終始したばかりか、発射実験を止めるのは「韓国の役割」と怒りをあらわにしたことなどは、韓国が軍事演習を主導したとの推察に符合する。 トランプ大統領としては北朝鮮から約束違反と追及されるのにもかかわらず、韓国の希望を聞き入れ承認したのだから、すべてに責任を持てと言っているようだ。 北朝鮮が軍事演習と関連して米国に警告を発しながら非難の焦点を文在寅政権に合わせたのは、ことの推移を正確に把握していたからこそ可能であったのだろう。

北朝鮮の「労働新聞」は軍事演習が終わる20日に掲載した論評で、演習には「作戦計画5015」が適用されたと明らかにしながら、演習の危険性を何をもっても覆うことができないと指摘した。 「作戦計画5015」の特徴は、▲核兵器を含む手段で北朝鮮の核・ミサイル基地への一斉先制攻撃を前提にしている▲事前に特殊部隊などを潜入させ「斬首作戦」を行い司令部機能を無力化させるーことにある。 極めて敵対的で挑発的な計画だが、文在寅政権は韓国軍が主導して「斬首作戦」などを行い米軍の支援下で北朝鮮を占領する手順を確認する演習を強行したのだ。

南北首脳会談を行い金正恩委員長と「平和の握手」を交わす一方、敵対的な合同軍事演習を強行し、演習に対抗した北朝鮮の飛翔体発射を非難して中止を求めるなどの、文在寅政権の奇妙な行動をどう理解すべきなのか?

去る7日、トランプ大統領はツイッターで韓国が米国の軍事保護に事実上、何の対価も払っていないと非難した。 「防衛分担金」をもっと払えという要求だが、トランプ大統領からみれば「防衛分担金」とは「軍事保護」に対する「対価」だという点に注目する必要がある。「韓米同盟」と言えば聞こえはいいが、トランプ大統領の発言は、その実態が韓国は米国の軍事保護を受ける従属国家、軍事保護領に過ぎないということを赤裸々に物語っている。トランプ大統領は昨年10月、対北朝鮮制裁解除と関連して「彼ら(韓国)は、私たちの承認なしには何もしない」と述べたことも米韓の従属関係を示している。

文在寅政権は平和と共同繁栄を唱え北朝鮮に微笑んできたが、その微笑みの陰で北朝鮮の一方的非核化を追及してきた。 文在寅政権は当初から北朝鮮に核廃棄のためのロードマップの提出を求める一方で、米国の核の脅威については関心を示さなかった。 また韓国の軍部は米韓合同軍事演習の中止を決めたトランプ大統領の決定を良しとせず米軍部と結託して演習の再開を企図してきた。

文在寅政権が北朝鮮の一方的非核化を追及したのは、現在の南北対話が過去の南北対話と根本的に異なるためだ。 過去の南北対話は韓国の「経済的優位」を背景におこなれてきたが、北朝鮮が「国家核戦力を完成」させたことで「経済的優位」は何の意味もなさなくなった。 文在寅政権としては韓国優位で南北対話を進めるためには北朝鮮の核兵器を除去する必要があったわけだ。 文在寅大統領が北朝鮮の一方的非核化を露骨に主張するようになったのは、米国が「ビックディール」を持ち出したハノイ会談以後のこと。 去る6月の北欧外遊で「完全な核廃棄と平和体制構築の意志を国際社会に実質的に示す必要」を解き一方的非核化を求めたのはその一例。

しかし、「ビックディール」に足並みをそろえた文大統領の行動はトランプ大統領によってあっさりと裏切られる。 「ビックディール」を引っ込め朝米実務会談の再開に合意した6.30板門店首脳面談で文大統領は朝米両首脳の会談に参加することができずに、朝米核交渉で韓国が果たす役割がないことをさらけ出した。 まるでタリバンと米国の米軍撤退交渉に参加できずに排除されているアフガニスタンのカーブル政権の立場と変わることがない。 主権を制限された米国の軍事保護領の悲哀だ。

米国にすがって合同軍事演習を強行したのは、米国の力を借りて北朝鮮と軍事的に対抗しようとするのは事大主義者の愚かな挑発行為だ。 「国家核戦力を完成」させた北朝鮮に対する軍事行動は米国といえども現実的選択肢ではない。

米国の力に頼って追従する外勢依存の姿勢を続ける限り、文在寅政権は頭越しに行われる朝米核交渉から排除され、その行方に対する不安感と焦燥感にさいなまれることになろう。

「わが民族同士」の精神に基づき南北の和解と協力を進めるのが韓国の存在感を示す唯一の道だ。(M.K

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元記者。 過去に平壌特派員として駐在した経験あり。 当時、KEDOの軽水炉建設着工式で、「星条旗よ永遠なれ」をBGMとして意図的に流しながら薄ら笑いを浮かべていた韓国側スタッフに対し、一人怒りを覚えた事も。 朝鮮半島、アジア、世界に平和な未来が訪れんことを願う、朝鮮半島ウォッチャー。 現在も定期的に平壌を訪問している。